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横浜地方裁判所 平成10年(ワ)4131号 判決

原告

手﨑直美

右訴訟代理人弁護士

杉本朗

被告

有限会社ヘルスケアセンター

右代表者取締役

小池八朗

右訴訟代理人弁護士

中町誠

主文

一  原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  原告の被告に対する支払請求のうち、この判決の確定する日の翌日以降の賃金請求にかかる部分につき、訴えを却下する。

三  被告は、原告に対し、金三六五万四七四六円及び平成一一年八月二八日限り金九万八二〇四円、同年九月以降この判決が確定する日まで、毎月二八日限り、一か月金二七万六七五七円の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の支払請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一本件請求

一  主文第一項と同旨

二  被告は、原告に対し、金一八三万一六八〇円および平成一〇年一一月から、毎月二八日限り、一か月二八万一七九七円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、被告が、原告を雇用していたところ、平成一〇年四月一五日に雇用期間が満了したとして、原告を雇止めしたことから、原告が、右雇止めは無効であると主張し、被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認することとともに、右雇止めの日の翌日である同月一六日から平均賃金相当額である一か月二八万一七九七円を支払うことを求めた事案である。

二  争いのない事実及び確実な書証により認められる事実

1  被告は、医薬品の調剤に関する業務等を目的とする有限会社であり、中央調剤薬局(以下「本件薬局」という。)等を経営する。

2  原告は、昭和五四年五月国家試験に合格した薬剤師であるところ、平成四年七月一六日から本件薬局の薬剤師として稼働してきた。

すなわち、原告は、平成四年七月一六日に、被告との間で、期間を同日から平成五年七月一五日までの一年間とする雇用契約を締結し、その後、右雇用契約は、平成五年七月、同六年七月、同七年七月、同八年七月において、いずれも期間を一年間として、更新されてきた。

3  原告と被告との雇用契約は、平成九年七月の更新時においては期間を六か月、同一〇年一月の更新時においては期間を三か月と定められ、被告は、最終の期間満了時である同年四月一五日に原告を雇止めとした(以下「本件雇止め」という。)。

4  原告が平成一〇年四月一六日に就労のため本件薬局に赴いたところ、被告の男性社員三人に就労を阻まれたので、就労の意思のあることを被告に伝えた上で、引き返した。

5  被告における給与は、毎月一五日締めの二八日払いであり、原告の平成九年一二月から同一〇年二月までの三か月間の給与の平均は、通勤手当を含めて、二八万一七九七円である。

6  原告を債権者、被告を債務者とする平成一〇年(ヨ)第二六九号地位保全仮処分、賃金仮払仮処分申立事件における決定の主文(平成一〇年九月二八日付。以下「本件仮処分」という。)は次のとおりである。

一 債務者は、債権者に対し、金七万五〇〇〇円及び平成一〇年五月から本案の第一審判決言渡しの日まで、毎月二八日限り、一か月一五万円の割合による金員を仮に支払え。

二 債権者のその余の申立てをいずれも却下する。

三 申立費用はこれを二分し、その一を債務者の、その余を債権者の各負担とする。

7  原告は、平成一〇年一〇月一六日以降、久地診療所において勤務し、平均七万円の月給を得ている。

三  争点及びこれに関する当事者の主張

1  解雇権の濫用に当たるか、否か。

(一) 原告の主張

原告の労働条件は勤務時間が正社員よりも三〇分短いほかは正社員と同一の約束であり、前記のとおり雇用契約は更新されてきているので、原告と被告との間の雇用契約は期間の定めのないものに転化しているところ、被告が原告を解雇する理由である「世の中の厳しい状況」は、正当な解雇事由とはならず、無効である。

(二) 被告の主張

否認する。被告は、雇用契約の期間満了時に契約書をもってその都度更新してきており、期間の定めが形骸化しているわけではない。原告との雇用契約は期間満了により終了したものであり、被告は原告を解雇していない。

2  本件の雇用契約は、期間満了により終了したか、否か。

(一) 被告の主張

(1) 前記のとおり、原告との契約における期間の定めが形骸化しているわけではない。また、被告は、平成一〇年一月の契約更新に当たり、原告に対して契約期間は三か月であり、その期間満了とともに契約は終了すると説明したところ、原告は、その場で何らの異議も言わず、契約書に署名押印した。したがって、原告は、本件雇用継続について合理的な期待を抱いたとは到底言うことができず、右期間満了により原告との雇用契約は終了した。

(2) 仮に、雇用契約満了について、解雇権の濫用の法理の類推適用があるとしても、正社員と期間雇用者とは、労働条件が全く異なるから、その間にはおのずと合理的差異がある。そして、被告の業務である調剤薬局は、異業種の参入と診療報酬、薬価基準の改訂に伴い、経営環境は厳しくなる一方であり、現に、被告の調剤基本収入は平成七年度をピークに以後大幅に減少し、薬剤師の人数は、平成八年度は三・五人、平成九年度は二・三人の余剰人員となっていた。しかし、正社員について経費節減を理由に退職を求めることは困難であり、被告は、契約社員数を漸次減少させることとし、契約社員を平成九年度は原告を含む二名に減じ、他の一名は平成一〇年三月一五日をもって契約が終了した。したがって、唯一の契約社員である原告を雇止めすることに正当な理由がある。

(3) 原告は、自己主張の強い、独善的な性格であり、平成四年七月の採用当初から、塩津美子管理薬剤師に対して反抗的で、非協力的な姿勢であり、勝手に自分の休暇予定を決める、土曜日の遅番を拒否する等の自分勝手な行動が目立った。また、他の同僚の仕事を手伝わない、同僚をいじめる、パートのおばさんに徹すると言って自己責任を放棄する、銀行からの人が出向してくるのでは被告は危ないと会社の信用を害する発言をする等の言動をした。

(二) 原告の主張

(1) 原告が期間を一年より短期とする雇用契約の更新に応じたのは、その際、被告代表者が、今の状況では三か月しか契約を締結することができないと言ったのみで、三か月後更新しないなどの話は全くなかったからである。

(2) 被告の経営状態は知らない。整理解雇の法理が類推適用されるとしても、本件においては、その四要件を満たしていない。

(3) 原告は、塩津管理薬剤師に対して薬局の運営上の問題点や改良点を指摘したことはあるが、独善的なものではなく、反抗的な態度も取っていない。その余の原告に対する非難はすべて否認する。これらは、事実無根か針小棒大のものである。もっとも、昼食時の世間話として銀行からの人が出向してくるのでは被告は危ないと同僚に話したことはあるが、これにより会社の信用を害したり同僚に動揺を与えていない。原告は、被告が主張する勤務態度を理由として、これまで被告から注意や指導を受けたことがない。

3  原告が雇止め期間中に受けるべき賃金

(一) 被告の主張

(1) 仮に原告に対する被告の雇止めが無効であるとしても、被告は、原告に対し、平成一〇年一〇月二六日付の通知書をもって就労を命じたが、原告は被告において就労する意思のないことを表明したから、それ以降の賃金請求権は発生しない。

(2) 原告は、平成一〇年一〇月一六日以降、久地診療所において勤務し、平均七万円の月給を得ているから、その全額について控除されるべきである。

(二) 原告の主張

(1) 被告の(1)の主張は争う。被告は、原告に対し、本件仮処分の決定により支払を命じられた月額一五万円を賃金額とする条件で就労を命じているが、本件仮処分の必要性から支払額が月額一五万円に減ぜられたものであり、右被告の命令は正当な業務命令ではないから、原告がこれに応じなくても賃金請求権は消滅しない。

(2) 被告の(2)の主張は争う。ただし、原告が、平成一〇年一〇月一六日以降、久地診療所において勤務し、平均七万円の月給を得ていることは認める。

第三争点に対する判断

一  争点1について

(証拠略)に前示争いのない事実等を総合すると、被告は、原告との間で、契約期間満了時に「特別職員雇用契約書」という標目の契約書をもってその都度雇用契約を更新してきたこと、雇用期間が当初において一年であったものが、平成九年七月の更新時においては期間を六か月、平成一〇年一月の更新時においては期間を三か月と定められ、期間が漸次短縮されたこと、原告は、右期間の短縮による更新時においても、契約書に署名押印したことが認められる。これらの事実に後記二1(一)(2)に認定のとおり、原告が右更新時において、期間短縮の点について異議を述べていなかったことを総合すると、原告と被告との間の雇用契約における期間の定めが形骸化しているわけではなく、契約の更新が繰り返されたからといって、右契約が期間の定めのないものに転化したということはできない。したがって、この点を前提とする原告の解雇権濫用の主張は理由がない。

二  争点2について

1(一)  前認定の事実に、後記記載の各証拠をあわせれば、次の事実が認められる。

(1) 平成五年当時、本件薬局には薬剤師が一七名おり、その内正社員は一〇名であり、他は契約社員又はパートタイム職員であったが、契約社員等は、その後逐次退職し、平成九年末には、契約社員は原告と他一名(横谷留美)のみとなった。被告は、後記のとおり契約社員又はパートタイマーでは、定時に退社するため、残業させることが難しく、その結果正社員の負担が大きくなるという経営上の理由から、パートタイマー及び契約社員を無くし、正社員のみで従業員を構成する戦略を立てていた。ただ、平成九年までの間に退職した契約社員は、いずれも右社員本人の都合により退職することとなったものであって、被告から契約の更新を拒絶したことはない。右横谷についても、同人の都合から自ら退職の意向を示し、平成一〇年三月一五日、退職したものである。(〈証拠・人証略〉)

(2) 被告は、右の戦略に基づき、横谷の退職により一人残った契約社員である原告を雇止めすることとし、同年一月一六日の契約更新に先立ち、同月一三日、被告代表者は、被告の加藤大治郎副社長に対して、原告に対し、契約期間を三か月とし、これをもって終わりとするから、その間に新しい職場を見つけるように説明することを指示した。加藤副社長は、これに基づき、同日、加藤副社長は、原告に右内容を告げた。この際、原告は、加藤副社長に直接異議を唱えず、直接被告代表者に聞いてみる旨答えた。そして、同月一六日の契約更新の際、被告代表者は、原告に対して今回の契約は三か月で終了する旨を説明したが、その契約期間満了後に更新をしないことや右期間中に新しい職場を見つけるべきことは告げなかった。そこで、原告は、右両者の各説明において「解雇」との明確な言葉も出なかったこと、特に、被告代表者との面接の際に、事前に加藤副社長から告げられていた、これをもって終わりにするとの趣旨の発言も全く出なかったことから、右加藤副社長からの説明は被告代表者の意思ではないと判断し、同日、原告は、被告代表者に対して何らの異議も述べずに、契約期間を三か月とする契約書(〈証拠略〉)に署名押印した。しかし、原告は、右契約期間満了後雇止めとなる不安を覚え、さらに、右契約満了後の更新の際は契約期間を延ばし、あるいは契約社員から正社員となる場合にはその労働条件、特に退職金、保険等の関係について単独では交渉が困難と考え、同月一八日に神奈川県医療労働組合連合会に救済を求め、同組合は同年三月五日に被告代表者に対して交渉申入書を交付して交渉を求めた。(〈証拠・人証略〉)

(3) 原告は、月曜日から金曜日までは午前八時四五分から午後五時まで、土曜日は午前八時四五分から午後〇時四五分まで勤務し、休日は四週六休(毎週日曜日と隔週で一日の休日がある。)、賃金形態は前認定の個別契約による月給制であり、賞与は年間合計三・八か月分を二回に分けて平成九年一二月まで支給されていた。これに対し、正社員は、月曜日から金曜日までの勤務時間が午前八時四五分から午後五時三〇分まで、土曜日が午前八時四五分から午後〇時四五分までの通常勤務帯の者(A)と、月曜日から金曜日までが午前九時一五分から午後六時まで、土曜日が午前九時一五分から午後一時一五分までのシフト時間帯(遅番)の者(B)があり、休日は四週六休(原告採用当時は週休一日であったが、平成七年一二月一六日以降は四週六休となった。)、賃金形態は給与規定による月給制で、賞与は、年間四・八か月分を二回に分けて支給する。なお、本件薬局に従事する薬剤師は、平成九年四月の定期昇給時に昇給されなかった。(〈証拠・人証略〉)

右(2)の認定に反し、被告は、平成一〇年一月一六日の契約更新に際し、被告代表者が「この三か月の契約で終わりです。」と述べて三か月後に雇止めする旨を明らかにしたと主張し、(証拠略)はこれに沿うが、被告代表者尋問において、数回にわたる同旨の質問に対し、同人は、右内容の発言はしていないと供述していることに照らせば、右書証は採用することができず、被告の主張には理由がない。

(二)  右認定の事実をもとに検討すると、平成一〇年一月一三日の原告と被告加藤副社長とのやり取りや平成九年中の賃金据え置きの状況をみれば、原告は契約期間が終了する同年四月一五日には契約更新がされない可能性の高いことを認識していたことは明らかである。しかし、前認定のとおり、被告は原告を平成四年七月に雇用して以来、平成九年七月の更新時まで数度に亘って一年間の契約を更新してきたこと、他の契約社員が退職した原因はいずれも自らの都合によるもので被告から雇止めをしたことは一度もなかったことを斟酌すれば、その後に契約期間が六か月、三か月と短縮されたこと、原告が契約社員をなくする被告の戦略を認識したことを考え併せても、原告にとって平成一〇年四月一六日以降もある程度雇用契約が継続することが期待される状況にあるものというべきである。また、原告は契約期間を三か月とする契約書に署名押印してから二日後には組合に救済を求め、同年三月五日に組合が被告に交渉を求めていることから、被告としても期間が満了する平成一〇年四月一五日には原被告間の雇用契約関係が終了することを期待し得ない状況にあったことは明らかである。よって、当事者双方とも、期間は一応三か月と定められているが、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき雇用契約を締結する意思であったものであり、原被告間の雇用契約は、期間終了ごとに当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならない。

したがって、本件雇止めは、実質的に解雇と同視されるから、解雇の法理が類推適用されるものというべきである。

2  そこで、被告が主張する被告の経営状態の悪化について検討する。

(一) (証拠・人証略)によれば、次の事実が認められる。

被告は、調剤薬局である本件薬局のほか、売店業務を営むパティオ溝口店及びパティオ虹ケ丘店を経営するところ、平成八年に本件薬局から約八〇メートル離れたところにメディカル薬局と称する調剤薬局が開設されたことや、平成九年九月一日からの健康保険制度の改訂(通院患者の自己負担増)による通院患者の減少に伴い、本件薬局の処方箋の取扱数は、前年度比で、平成八年度は約一〇パーセント、平成九年度は約八パーセント減少した。平成六年四月一日及び平成九年四月一日に調剤報酬が引き上げられたものの、薬価がそれ以上に引き下げられたこともあり、本件薬局の収入は、前年度比で、平成八年度は約一八パーセント、平成九年度は約一一パーセント減少し、利益としては、平成七年度に一億四二〇〇万円あったものが減少して平成八、九年度にはいずれも七〇〇〇万円となった。右売店部門は、平成七年度から開始されたが、業績不振であった。そのため、売店部門などを合わせた被告全体の利益は、平成七年度に約五二〇〇万円あったものが漸次減少して平成八年度には三三〇〇万円、平成九年度は二六〇〇万円となった。

(二) 前認定の事実及び右事実によれば、被告の経営状態は、悪化の傾向にあったことが認められる。

しかし、〈1〉平成七年度九一〇〇万円であった「その他経費」が、特に事情がないにもかかわらず平成八年度には九七〇〇万円と増えていること(〈証拠略〉。この点、被告は〈証拠略〉を提出し、〈証拠略〉は誤りと指摘するが、被告代表者の供述に照らせば、到底信用できない。)、人件費については、前認定のとおり平成九年度の定期昇給を見合わせたことはあるが、役員報酬、賞与については何らの削減も行われていないことからすれば、被告の経費削減の措置は極めて不十分である。また、〈2〉被告代表者によれば、被告は、平成九年一〇月に正社員薬剤師一名が自己都合退職したことに伴い、その直後新たに正社員薬剤師を一名補充したことが認められるところ、右補充の時期は、被告が原告に対する雇止めを実施するのと近接した時期である。そして、原告本人によれば、平成九年初めころの右補充以前に原告は被告に対して正社員になる旨の希望を打診しており、これを被告が有給休暇、退職金の点で一年目の扱いになるとして断っていたことが認められ、右事実及び平成一〇年三月一五日には契約社員の横谷が任意退職することに決まっていたことからすると、さらに会社側の都合として原告を雇止めにする必要があったかどうかは大いに疑問がある。そして、〈3〉売店業務は、将来に対する先行投資として行われていたものの、いずれの年も赤字であり、本件薬局における黒字を消費した部門であることからすると、被告の経営の立て直しのためには、まず同部門における損失を抑え、あるいは利益を生じさせる対策を立てるべきところ、本件薬局における利益と被告全体の利益との差が、開設時である平成七年度には七〇〇〇万円であったのに対し、平成八年度には三七〇〇万円、平成九年度には四四〇〇万円となっており、平成八年から九年に掛けて売店業務における赤字は増加していると認められるから、この点においても十分な経営努力がされていたとは認められない。また、右のうち特に〈1〉、〈3〉の点について、適切な経営努力が図られれば、先の程度の経営状況の悪化があっても、被告の業績が改善される可能性は大きいというべきである。

このような事実に照らせば、被告の経営状態は、先のとおり一定程度悪化しているとしても、人員整理を行わなければ倒産必至という状態とはおよそいうことができず、危機的状況にあったとは認められない。

(三) この点、被告は、厚生省が定める、会社における薬剤師一人あたりの処方箋取扱数が平均四〇との基準を大幅に下回っていたため、これを上げるためにも原告の雇止めが必要であったと主張し、被告代表者の供述はこれに沿う。しかし、被告が主張する厚生省の基準(平成五年四月三〇日薬発第四一〇号・薬事法施行規則及び薬局及び一般販売業の薬剤師の員数を定める省令の一部改正について・第2の1(1)、〈証拠略〉)は、その前文によれば、患者本位の良質な医薬分業を推進するために、従来医薬品の販売高を中心に算定していた薬局における薬剤師の最低員数を、処方箋取扱数についての基準も加えて算定することを定めるものであり、各薬局に対して薬剤師一人あたりの一日の処方箋平均取扱数四〇(ないしこれを超える)の基準を満たさなければならないと要請するものでないことは明らかであるし、相当の利益の生じている薬局部門についてさらに生産性を向上させるためという程度では危機的状況と認めるには足りない。また、(証拠略)によれば、平成五年当時から平成九年までの本件薬局における薬剤師一人当たりの処方箋取扱数は三二程度とほぼ一定であることが認められるのであって、被告がこれを四〇にするために積極的に人員削減を実施してきたとはおよそ言い難い(逆に、〈証拠略〉によれば、平成七年度は前年度よりも薬剤師の数が増加している。)。よって、被告の右主張には理由がない。

(四) また、被告は、調剤薬局を取り巻く社会情勢として、異業種による薬局業への大型進出計画により経営環境が厳しくなっていると主張し、被告代表者の供述にはこれに沿う部分があるが、本件全証拠によっても、これら異業種の参入の結果、本件薬局の経営が現実に苦しくなったとは認められず、被告の右主張には理由がない。

(五) さらに、被告は、被告の正社員の中に、契約社員と正社員とが勤務時間などの勤務条件が異なることから、不満を持っており、こうした事情からも被告は会社の方針として全従業員の雇用形態の統一を図る必要があり、契約社員の削減が必要であると主張し、被告代表者の供述はこれに沿う。しかし、二1(二)(3)に認定のとおり、原告の勤務時間は、終業時間が通常シフトの正社員より三〇分早いだけで、これに応じて賃金も少なくなっているのであり、また、原告本人によれば、同人の業務内容は正社員と全く同一であること、同人は残業も月間スケジュールに予め決定されている限り就いていたこと、休日についても正社員と同様であることが認められる。そして、これらの事実によれば、仮に正社員の中に右のような僅かな雇用形態の相違に不満を感じる者がいたとしても、原告のような勤務形態の契約社員が存在することは被告の経営の合理的な運営を特に妨げるものとは言い難いから、被告の右主張には理由がない。

(六) したがって、正社員を整理解雇する場合と、原告のような期間雇用者である契約社員を雇止めする場合とでは、おのずから合理的な差異があるとしても、本件薬局の経営悪化を理由として、今直ちに人員削減の必要性があるのとは認められないから、結局、原告を雇止めすべき合理的な事由の存在が認められないといわなければならない。

3  原告の職場における態度について検討すると、後記記載の証拠によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、本件薬局に勤務する前に他の薬局に勤務した経験があり、その経験との対比上、本件薬局には薬品の管理、調剤方法等に問題があると認識するようになった。本件薬局の薬剤部門には塩津薬剤師が管理薬剤師として任命されていたので、原告は、塩津薬剤師や他の薬剤師に右問題点を指摘した。しかし、このことや原告が自分の担当業務が手すきのときに同僚の仕事を手伝おうとしなかったこと等が原因となって、原告は、塩津薬剤師に反抗的な態度を示す、他の同僚との協調性を欠くとして、職場から好ましく思われなくなった。もっとも、被告代表者が、原告に対し、右の点につき注意をしたことはない。(〈証拠・人証略〉)

(2) さらに、〈1〉原告は、他の同僚が決めるより先に、半年先まで自分の休暇を設定し、予定表に記載した。〈2〉平成九年春、被告が錠剤自動分包機を契約社員に利用させなかったこともあって、原告は、監査業務ができないとして私はパートのおばさんに徹しますと発言した。〈3〉原告は、他の同僚に篠田薬剤師のことを指して、調剤能力がないのに給料が高いと発言した。〈4〉原告は、平成九年八月の被告代表者及び塩津薬剤師との休暇に関するやり取りを無断でテープに採って、同僚に聞かせた。〈5〉平成九年一二月から横浜銀行から加藤が副社長として出向してきたことに関して、他の同僚に、銀行から人が派遣されるようだとここも危ないと発言をした。しかし、被告代表者は、右各事由につき、本件雇止めの後になって塩津薬剤師他の被告社員から聞いているのであって、雇止め以前に、原告に対して右各事由に基づき注意をしたことはない。(〈証拠・人証略〉)

他方、(証拠・人証略)によれば、右(2)のうち〈1〉については、原告が塩津薬剤師に休日の記載方法を問い合わせたところ、分かっている限り記載するように言われたことによるものであること、〈2〉については、原告が監査業務を行うためには錠剤自動分包機の扱い方を知ることが必要と考えていたのに、被告がその必要を認めなかったという監査に対する認識の違いからであると認められる。〈3〉ないし〈5〉の原告の言動は、適切を欠くものというべきであるが、これらの言動の結果、被告の経営に具体的に影響を与えたとは認めることができない。さらに、原告に右の各言動があったとしても、契約更新時に被告側から今後そのような言動があれば雇止めとなる等の警告は一切なかったのである。

右(1)に認定のように原告が職場から好ましく思われていないとしても、本件薬局における薬品の管理、調剤方法がその原因の一端となっているものとも考えられること、及び右(2)に摘示した一つ一つの言動の内容自体を見れば、被告が雇止めを正当化するため、それまで注意すらしていなかった些細な事由をことさら取り上げたものと考えられることを参酌すると、原告に右の各言動があったとしても、雇止めを正当化させるものではない。

4  以上によれば、被告が平成一〇年四月一五日に原告を雇止めしたことは合理性に欠け、更新拒絶権の濫用(民法一条三項)というべきであるから、本件雇止めは無効である。

右のとおりであるから、原告の確認請求は理由がある。

三  争点3について

1  原告は、本件において、将来における賃金請求につき、期間を限定せずに請求しているので、民訴法一三五条の趣旨に照らし、職権をもって訴えの利益の存否を判断するに、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対し本件仮処分により命じられた金員を月々支払っていることが認められ、この事実によれば、被告は、本判決が確定すれば、これを任意に履行することが一応予想される。そうすると、本判決主文において、原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることが確認されるのであれば、本判決確定以降における賃金の支払いを予め請求する必要があるということはできない。したがって、原告の被告に対する将来の賃金の支払請求のうち、本判決確定の日の翌日以降の分は、同条の趣旨に照らし、訴えの利益を欠き、不適法というべきである。

2  被告は、前認定の仮処分決定後、原告に被告における就労を命じたものの、原告が理由なく出勤しないことから、口頭弁論終結日である平成一一年八月四日までの賃金請求のうち、右出勤拒否時以降は民法五三六条二項に基づく原告の賃金請求権は消滅したと主張し、なるほど(証拠略)によれば、被告は、原告に対し、平成一〇年一〇月二七日に到達した内容証明郵便をもって仮就労を命じ、その後も同年一一月一〇日、同年一二月四日及び同月三〇日各到達の内容証明郵便をもって同種の就労命令をしたことが認められる。しかし、原告は、神奈川県医療労働組合連合会と連署で被告の内容証明に返答し、就労条件について問い合わせたところ(〈証拠略〉)、これに対する被告の回答(〈証拠略〉)には、「手崎(ママ)君の金員に関することについては、裁判所の仮決定に基づく額をもって明確になっております。なお、会社は、手崎(ママ)君の仮就労に伴うその他労働条件については、従前通りで仮に取り扱います」と記載されており、被告が原告に対し、月額一五万円しか払わないが従前どおりの仕事をさせると回答したことは明らかである。しかるに(証拠略)によれば、本件仮処分においては、原告の被保全権利としては、二七万六七五七円(原告の平均賃金月額から通勤手当五〇四〇円を控除した金額)が認定されながら、なお、保全の必要性から月額一五万円の仮払いが認容されていることは明らかであり、右被告の原告に対する就労命令は、労働基準法二四条一項本文の趣旨からしても適法なものとは認め難い。そうすると、被告は、右就労命令にもかかわらず、依然として原告による労働の提供に対する受領を拒否しているものというべきであって、原告の賃金請求権は消滅するものではない。よって、被告の右主張には理由がない。

3  次に、使用者が労働者に対して有する雇止め期間中の賃金支払債務のうち平均賃金額の六割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきである。

これを本件についてみると、原告が被告において得ていた月額収入は、通勤手当五〇四〇円(〈証拠略〉)を除くと、平均で二七万六七五七円であり、平成一〇年一〇月一六日から本件口頭弁論終結日までの中間収入である月額七万円はその四割に満たない金額である。よって、右期間内に得た中間収入の全部について被告が支払うべき金員から控除することが許される。

したがって、本件雇止めの日の翌日である平成一〇年四月一六日から同年一〇月一五日までは月額二七万六七五七円(合計金一六六万〇五四二円。なお、原告が現実に被告に就労していない以上、通勤手当月額五〇四〇円は、認められない。)を、同月一六日以降、本件口頭弁論終結日である平成一一年八月四日までは、七万円を控除した月額二〇万六七五七円(端数については日割計算・一円未満切り捨て、合計金一九九万四二〇四円)を支払うべきである。

4  口頭弁論終結日の翌日である平成一一年八月五日以降については、将来の給付として、原告が被告に復職するまでの間に得べき中間収入の金額自体が確定していない以上、右中間収入については別個被告から原告に対する損益相殺の抗弁の主張又は償還請求によるべきであって、本判決においては中間収入を控除しない金額(毎月二八日限り月額二七万六七五七円)の支払いを認めるべきである。ただ、同年八月分については、被告における給与の締日が毎月一五日であることから、本件口頭弁論終結日の翌日である同月五日から同月一五日までの一一日分の九万八二〇四円が支払うべき給与となる。なお、原告は、平成一〇年四月分の給与について一四万〇八九八円を請求するが、右計算のとおり、給与算定期間は前月一六日から当月一五日までであるから、同年四月二八日に支給された給与は、同年三月一六日から同年四月一五日までの本件雇止め以前の分であり、それが半分しか支払われていないときは、未払賃金として請求するならば格別、民法五三六条二項に基づく請求としては認めることができない。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、主文第一項及び第二項に掲記の限度で理由があるからこれを認容し、本判決の確定する日の翌日以降の賃金請求にかかる部分は不適法であるから却下し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用について民訴法六四条本文、六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南敏文 裁判官 矢澤敬幸 裁判官 藤澤裕介)

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